老化は過剰に忌み嫌われている
「いやあ疲れがとれなくてね、腰もだるくてもう年ですかね」と80歳近くの男性の患者さんがいう。「そうですかねえ、(注)とにかく治療すれば大丈夫ですよ」 とにこにこ笑ってあいまいに返事する私。ここで 安易に「そのとおり、あなたもお年だから」などとあいづちなどうつと、むっとされる患者さんもいる。老化は現代では 忌み嫌われている。
(注)とにかく治療すれば大丈夫ですよという言葉に嘘はない。針灸は老化によるいろんな症状をずいぶん改善できるからだ。「年だから無理」と切り捨てることはしない。

伝統的中医学の世界では 老中医(ろうちゅうい)というのはたいそうな誉め言葉だ。学識に富み、経験をつんだ医者は 湯液(漢方薬)でも針灸方面でも尊敬される。
伝統的中医学の世界では 伝統医学の考え方で現代の患者さんたちを、いかにうまく治していけるかということに重点がおかれる。個人技の要素も強いから、年をとり臨床を重ねる方が おおむねうまい治療家になる道だ。新しい治療技術よりも 伝統的なやり方を洗練させていくほうを重視するから 経験が長いほうが有利だ。
中国では拝師(はいし)運動といって 老中医の経験と学識を継承するために 若い(といっても40~50代の)働き盛りの伝統的中医学の医師、鍼灸師が老中医に弟子入りするといったことが 近年 政府の政策として行われもした。老中医の経験と学識も パソコンに入れられ一生懸命テ゛ータベース化 されていると聞く。
なぜ日本では 老化がこれほどまでに忌み嫌われるのだろう。老人の知恵が役に立たなくなったから、正確には老人の知恵が役に立たなくなったと思い込まされて いるからだろう。いつ種をまくか どんなふうに水田の水を管理するのか。老人は 地域特有の山や川の在り様、自然が 生産効率に大きな意味をもつ日本の農 村では貴重なデータベース、知恵袋だった。職人芸的な手工業の世界でも同様だった。商人の世界でも信用を体現し、複雑な商習慣を知る貴重な存在だったろ う。
戦後、道徳教育が軽んじられたから 老人を大切にしなくなったわけではない。老人の存在と知恵が活躍する場が著しく狭められたから、人々は老人を大切にしなくなった。そして これまで以上に老化を忌み嫌うようになった。
大量生産大量消費が立ち行かなくなった今、再生可能でそれなりに自然環境にもやさしかった時代の知恵のあり方は今後 見直されてくるだろう。
伝統医学が見直されているように、人生や仕事を積み重ねた老人たちの知恵も見直されるようになるかもしれない。
そのとき人々はもう少しゆったりとした気持ちで 老化をうけいれることができるようになるだろう。腰のだるくなるつらさも 運動会の後の筋肉痛を 中年のおとうさんが「あっ!来たな」と感じるぐらいのと同じくらいの寛容さで受け入れることができるようになるかもしれない。
腰のだるさとともに 患者さんは 老化に対する「怒り」や「恐怖」「悲しみ」の感情を持っていることがある。そのとき だるさは「ひどくだる痛い」ものとなり 耐え難いものとなる。

