震災ボランティアの記録 95年2月23日

2月26日ボランティア治療について

2月26日は総勢52人のスタッフが行動します。
うち治療家は33名。なお3月5日については2月23日現在、総勢51名、治療家39名となっています。
2月26日は3ヶ所にわかれて臨時治療所を設置します。どの場所で治療するかについては、はりきゅう師、マッサージ師の割合、治療条件を考え、事務局で人選させていただきました。

① 県立兵庫高校隊 スタッフ総数20名 うち治療家(資格者15名)

場所:県立兵庫高校、四階、二年一組教室
1200名をこえる被災者の避難所。水・電気あります。
暖房は石油ストーブを持ち込む予定。
リーダー:藤井 結(ゆい)鍼灸院
サブリーダー:佐伯 神戸市中央区在住。長田区で鍼灸院開業中。鍼灸院は健在。
今回の行動でも備品面で大変お世話になります。

② 神楽、福原隊

新長田駅に近く、火災等で一番被害のひどかった地域に神楽公園があります。神楽小学校、大橋中学校に囲まれるようにあり、両校とも被災者であふれています。神楽公園でも被災者がテント生活を続けています。
1000名を超える被災者がいます。トラブルも多く、この地区での治療はマスコミ発表を控えるように関係者から言われています。周辺にビラを配り、神楽小学校、大橋中学校の被災者を集めるのは良いが、それ以外の地域から来られるとトラブルが起こりかねないとのこと。緊張している地域です。 事務局は一時、神楽公園にテントをはって治療することを考えましたが、福原町のあるビルのオーナーが部屋を提供してくれるとの情報が22日夜の時点で入り、熟慮の末、部屋の提供を受けることにしました。
神楽公園に大きな受付用テントを貼り、福原町とのビルの間を車で患者をピストン輸送します。その間四キロ程度。
福原のビルは8畳ほどの個室が11部屋あり、ベットもあります。空調設備も稼動しており、水・電気はもちろんお湯も使えます。すべて我々の治療用に提供してくれるとのことです。治療環境としては十分すぎるものがあります。11名の治療家を派遣します。 《神楽隊》 車輌二台を含み、スタッフ6-7名、神楽公園の大きな受付用テントで受付を主要任務とする。
とくにイライラしがちなこの地区の患者の訴えを、待ち時間のあいだに聞き、安心してもらう。大変だが、大切な仕事。
リーダー:林直子、西宮の被災者、彼女の家は全壊し、今は吹田市在住。
中医研の西宮のボランティア治療も彼女の力で実現できたようなもの。
長田区で育った人で今回も準備過程で大活躍、はりきり過ぎて、時々、結(ゆい)で治療を受けています。

《福原隊》 福原のビルでの中で治療活動をします。スタッフ総数13-14名(うち治療家11名)
リーダー:石井、鍼灸院 元気ハウス院長、ハングライダーを趣味とするスポーツマン。
アウトドアに強く、今回もテントや車輌などの手配で大活躍。

③ 南駒栄公園テント村隊

海に面した巨大な空間に無数のテント。行政とは別の自治会がすでに組織されており、在日ベトナム人と日本人が共住している。南駒栄テント村ボランティアと自治会によって自主管理されている。テント村住人230人、他に外から炊き出しに300人が食べに来る。本部テント近くに特設テントを貼ります。またテント村が提供してくれるコミュニティテントは比較的大きく、ベット3台を設置します。石油ストーブあり。
スタッフ11名(うち治療家6名)
リーダー:深山、中医研の元事務局。現在は北京へ中医学の勉強のために留学中。
今回の行動のために帰国したもの。

県立兵庫高校、南駒栄公園についてはマスコミに流したほか、ボランティアによって宣伝してもらっています。
またボランティア団体ピースボートの発行するデイリーニーズ(長田の生活情報を載せているミニコミ紙、長田区全域をカバー、発行部数一万部)にも載ります。

コメント 私が長田を選択した理由のひとつはピースボート がデイリーニーズというミニコミを発行しているのを知っていたからです。情報がいきわたる体制ができていることが、針灸ボランティアの成功につながると考えました。

また各隊は無線で連絡を取り、結(ゆい)の電話番号06-380-2236は
藤井の携帯電話に転送されますから、常時 連絡可能です。

コメント 当時はまだ 携帯電話は珍しいものでした。無線を使って各隊をつないだのは参加者の安全確保 のためもありますが 各所に別れたボランティアたちが 一体感をもって 仕事をできるように したかったからです。各隊が治療した人数やちょっとしたエピソードが 定時連絡で 参加者全員に伝えられました。